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2015年09月更新

[コラム]抗体医薬品の安全性試験について - 第42回日本毒性学会学術年会(金沢、2015)から -

2015年6月29日 - 7月1日の3日間、「健康と環境を衛る毒性学」をテーマに、日本毒性学会の年会(鍛冶利幸年会長)が金沢駅周辺の会場を中心にして開かれた。

北陸新幹線開通後、間もなくのタイミングもあり、参加者2000名以上とのことで盛会であった。

秦野研究所からも次の研究に関する3演題が発表された。すなわち、1)秦野研究所で確立され自然発生腫瘍に特異性があるHatanoラットの非腫瘍性病変の特性、2)骨充填剤の埋植試験における毒性病理検査の改良手法、および 3)眼刺激性試験代替法Vitrigel-EIT法のバリデーション報告(分担共同研究)、である。

年会の広範な内容の中で、日米の毒性学会の初めてのJoint企画としてWorkshop - Progress in Immunotoxicologyが開かれた。その中から、抗体医薬品の安全性評価についての話題を紹介する。

免疫チェックポイント阻害

上記Workshopの二番目の演題は、進行がんの抗がん治療でいま話題の免疫チェックポイント阻害薬である抗体医薬の安全性評価に関するものであった。

タンパク質医薬の非臨床試験を多く経験しているDr. H.G. Haggerty (Bristol-Myers Squibb, USA) による、“Taking breaks off the immune system: Challenges in safety assessment and translation”と題する発表であった。

抗がん治療の免疫チェックポイント阻害薬として開発されたイピリムマブ(Ipilimumab)の事例を通して、抗体医薬の非臨床試験の過程を示した示唆に富む内容であった。

免疫の程度と質は、抗原認識後の共刺激シグナルと抑制シグナルのバランスによって調節される。

免疫チェックポイントとは、このシグナル調節に関わる分子機構のことである。

がん細胞に対する免疫では、がん抗原が自己抗原に類似しているため免疫反応を抑制したり、がん細胞上のリガンドが免疫細胞の受容体に結合して免疫応答を封じるなど、 抑制的なチェックポイント機構が働きやすい。

この免疫抑制に関わるチェックポイント分子の働きを阻害することは、がん細胞に対する免疫を活性化する新しいがん免疫療法として注目され、そのチェックポイント阻害薬としてイピリムマブ、ニボルマブ(Nivolumab)、ペムブロリズマブ(Pembrolizumab)などの抗体医薬が開発されている。

がん細胞に関わる免疫チェックポイント分子の一つとして、腫瘍細胞の認識により活性化した細胞傷害性Tリンパ球上に発現するCTLA-4抗原がある。CTLA-4は抗原提示細胞上のCD80/86と結合すると、がん細胞に対する細胞傷害性Tリンパ球の活性や増殖を抑制する。

イピリムマブはCTLA-4のヒトモノクローナル抗体で、CTLA-4に結合してその免疫チェックポイントの働きを阻害し、がん細胞に対する免疫を増強することにより抗がん効果を示すとされる。

他の免疫チェックポイント分子PD-1の抗体薬ニボルマブと併用すると、抗がん効果は増強される。

抗体医薬品の安全性試験と評価

講演によると、先ず薬効薬理の結合特性試験により、この抗体医薬イピリムマブは、サル以外の動物種(げっ歯類、ウサギ)のCTLA-4およびそれを強制発現させたマウス細胞株には結合しないことが確かめられた。

また、種々組織を用いた交差反応性試験でも、ヒトとサルの組織にのみ反応し、組織特異性もリンパ球での交差性は認められるが、リンパ球の非特異的活性化は無いことが確かめられた。

そのため、その非臨床試験である有効性に関する薬理試験と安全性を評価する各種の毒性試験は、カニクイザルを用いて行われ、必要なデータが集められた。その結果、免疫チェックポイント阻害に伴う可能性のある自己免疫反応は検出されなかったので、標的特異性は高いと判断された。

このように標的特性に種差のある抗体医薬の非臨床における安全性評価は、既に設定されているバイオテクノロジー応用医薬品の評価に関するガイドラインICH-S6(R1)に沿って行われている。

抗体をはじめとするバイオ医薬については、まず各医薬について標的の種間交差反応性と組織特異性、および薬物体内動態が必要な基本情報となる。

イピリムマブの事例では、種間交差反応性が認められたサルを用いれば従来の非臨床評価が有効であったが、サルでの試験を非臨床における安全性評価の一般基準とするのは無理があろう。

ガイドラインICH-S6(R1)では、バイオ医薬の種差特性に応じた試験条件が提示されているが、種差特性がヒトに限定されるバイオ医薬や細胞医薬が出現すれば、非臨床の安全性評価は従来のガイドラインでは難しい問題をかかえることになる。

これら医薬の安全性評価については、秦野研究所でも実施することになるが、抗悪性腫瘍薬のガイドラインICH-S9に適用されているように、その用途に応じて(A fit-for-purpose strategy)、一定の前提のもとに従来の非臨床試験を適用する(case by case approach)ことになろう。

一方、ヒト化動物(免疫不全動物やヒト標的分子を発現させたトランスジェニック動物を用いる)の開発使用や、ヒト細胞や組織を用いたin vitro試験の併用も試みられているが、現段階では毒性リスクの評価には種々の限界がある。

かなり時間がかかるだろうが、これら毒性試験の実用的な体系化とSystems Toxicologyの視点からの評価法の確立が望まれる。