埋植試験の目的
埋植試験は、生体内に医療機器または原材料を埋植した場合の局所的影響を病理学的に評価する試験です。
この試験は、医療機器またはその原材料の材質、表面性状または分解過程によって周囲組織に引き起こされる組織反応の種類と程度 (生体適合性) を予測するための試験であり、製品デザインや機能に起因する不具合がある場合は別の試験が必要です。
埋植試験の概要
埋植試験では、医療機器の使用目的、使用方法、医療機器の構成材料・成分やその特性および使用期間などの情報をもとに、試験に使用する動物種、埋植部位 (筋肉内、骨内、皮下、脳内、その他の臨床適用部位に近い組織) および埋植期間等を選択します。
医療機器ガイダンスやISO 10993-6 (2016) には、筋肉内、皮下、骨内および脳内への埋植試験法が記載されていますが、埋植部位は臨床適用部位に近い組織を選択します。
試験には最終製品あるいは試験用に成型した試料を使用しますが、後者の場合は最終製品と同一方法で滅菌します。
埋植期間は臨床適用期間を参考に設定しますが、医療機器ガイダンスでは、人における埋植反応を予測し得る期間または生体反応が安定した状態となるまでと記載されています。一般に、1週~4 週を短期埋植、12 週を超える期間を長期埋植、その間を中期埋植に分類します。
吸収・分解性材料の場合は、未分解または分解が最小限の時点(短期)、組織反応が最も顕著な時点 (中期)、完全に吸収・分解された時点またはごく少量の試料の残存があるが組織反応が安定化している時点 (長期) を評価します。
骨セメントなど生体内で硬化する医療機器の場合は、臨床適用に従って非硬化物を埋植しますが、技術的に困難な場合は硬化させたものを埋め込みます。
複数の部材からなる医療機器を埋植する場合、部材ごとの評価ができる試験設計が必要です。
最終製品の埋植ではそれぞれの部材の評価が困難な場合、部材を単離して埋植します。
埋植試験の中で全身毒性を評価することも可能です。しかし、全身毒性を評価するためには、臨床適用量を下回らない量を動物に埋植する必要があります。その場合、対照材料と試験試料を同一の動物に埋植すると全身毒性の評価は困難となるため、試験試料埋植群と対照材料埋植群を別々に設定します。
食品薬品安全センターの埋植試験では、げっ歯類およびウサギを使用しております。
食品薬品安全センターの埋植試験について
医療機器の臨床適用部位に応じた組織で埋植試験を行うことが推奨されており、食品薬品安全センターでは筋肉内、骨内、皮下、脳内など臨床適用部位に近い組織に被験物質を埋植することが可能です。
また、吸収・分解性材料では適切な評価時期を選択する必要があります。
食品薬品安全センターでは、豊富な経験から医療機器の特性に応じて評価時期をご提案いたします。
また、埋植物が金属など、病理組織標本の作製が難しい場合もご相談ください。
筋肉内埋植試験
筋肉内埋植試験は、動物の筋肉 (軟組織) に埋植した試験試料の周囲組織にみられる組織反応を観察し、試験試料による炎症性あるいは組織傷害性が陰性対照材料と比較して、明らかに強く認められた場合に陽性と判定します。
一般的に4週間以内の短期筋肉内埋植試験と12週間を超える長期筋肉内埋植試験とに分けられます。短期筋肉内埋植試験は、埋植初期における組織反応の評価を目的とし、通常ウサギを用いて埋植後1および4週間における病理学的検査の結果を基に評価を行います。
長期筋肉内埋植試験は、医療機器の使用目的や使用方法または特性に合った埋植期間および動物を選択して試験を行います。
動物数は、各埋植期間につき最少3匹を使用し、少なくとも10か所の試験試料と陰性対照材料の部位をそれぞれ観察するように準備します。通常、脊柱傍筋肉内に埋植します。
埋植した筋組織について肉眼的および組織学的観察を行い、医療機器ガイダンスおよびISO 10993-6を参考に評価を行います。
肉眼的観察は、埋植した試験試料周囲の状態や試験試料自身の変色および変質の有無、埋植周囲リンパ節などについて観察を行います。
組織学的観察は、埋植した試験試料とその周囲組織 (肉眼的に異常がみられたリンパ節を含む) の組織標本を作製し、試験試料埋植部の組織を光学顕微鏡下で観察 (線維性被膜の形成、細胞浸潤、変性・壊死、出血、血管新生、脂肪化など) するとともに炎症領域幅の計測を行います。
各埋植期間の肉眼的および組織学的観察結果から総合的に評価します。試験試料が吸収・分解性の場合は、残存した試料の程度などについても評価します。
同一個体に試験試料と既承認品の材料 (比較対照材料として)、陰性対照材料 (高密度ポリエチレンロッド) あるいは陽性対照材料〔ジエチルジチオカルバミン酸亜鉛 (ZDEC) 含有ポリウレタンロッド〕といった対照材料も埋植し、試験試料と対照材料の観察結果を比較して評価を行います。
その他、埋植操作による筋組織に対する非特異的反応 (試験試料による本来の反応とは無関係な反応) や、試験試料の形状に起因する物理的な非特異的反応などにも注意して、試験試料の評価を行います。
陰性および陽性対照材料をウサギの背部筋肉内に1週間埋植した炎症部位の組織
骨内・皮下埋植試験
骨内埋植試験は、骨組織に接触または骨組織内に埋植される医療機器を対象とし、皮下埋植試験は損傷皮膚に接触または皮下に埋植される医療機器を対象として安全性を評価する試験です。
これらの試験は、筋肉内埋植試験と同様に埋植試料の組織変化から、試験試料の炎症性あるいは組織傷害性が陰性対照材料より強く認められた場合に陽性と判定します。
医療機器ガイダンスおよびISO 10993-6に従い、医療機器の使用目的や使用方法および特性を参考にして試験条件を設定します。
埋植期間は、医療機器の臨床適用期間や特性または適用組織等を参考にして1、4、13、26、52および78週の中から選択しますが、まれに104週を選択する場合もあります。
骨内埋植試験は、主にウサギを用います。各埋植期間につき最少3匹を使用して、少なくとも10か所の試験試料と陰性対照材料の部位をそれぞれ観察できるように準備します。
通常、大腿骨の骨体部に埋植しますが、大腿骨の骨体部に埋植できないものは、骨端部に埋め込む場合があります。
皮下埋植試験は、主にマウス、ラットまたはウサギを用います。各埋植期間につき最少3匹を使用して、少なくとも10か所の試験試料と陰性対照材料をそれぞれ観察できるように準備します。通常、背部皮下に埋植します。
評価方法は、筋肉内埋植試験と同様に、埋植部位の組織を肉眼的および組織学的に観察し、それらの結果から組織傷害性を評価します。
骨内埋植の場合は、骨芽細胞および破骨細胞の分布や程度、新生骨の形成などにも注意して観察します。
各埋植期間の肉眼的および組織学的観察結果から、試験試料の周囲組織に対する影響を総合的に評価します。
適切な評価を行うため、同一個体に試験試料と既承認品や組織傷害性の無いことが確認されている陰性の対照材料 (ポリエチレン、ポリプロピレン、セラミック、チタン等) を埋植し、試験試料と対照材料の観察結果を比較して評価します。
ウサギの大腿骨内および皮下に陰性対照材料を埋植した組織
脳内埋植試験
脳内埋植試験は、脳実質表面に接触または脳実質内に臨床適用される医療機器を対象とする試験です。
ただし、脳に存在する血管壁とは接触しているが、神経組織とは直接接触しない神経インターベンション装置の場合は、ISO 10993-4 (血液適合性試験) に従って評価する必要があります。
脳内埋植試験は、他の埋植試験と同様に試験試料の周囲組織の反応から、試験試料の炎症性あるいは組織傷害性が陰性対照材料より強く認められた場合に陽性と判定します。
医療機器ガイダンスおよびISO 10993-6に従い、医療機器の使用目的や使用方法および特性を参考にして試験条件を設定します。
埋植期間は、医療機器の臨床適用期間や特性または適用組織等を参考にして設定します。
ただし、脳組織へ埋植する場合、細胞死は埋植後数日で起こり、神経変性過程は迅速で一過性となり得るため、1週間の埋植期間の設定は必須となります。
脳内埋植試験は、主にラットおよびウサギを用います。
動物の性は正当な理由がない場合、両性を同数使用します (ヒトにおいて片性のみに使用する場合は、片性のみの動物で試験を実施する)。
各埋植期間につき少なくとも8か所の試験試料と陰性対照材料の部位をそれぞれ観察できるように準備します。
通常、動物の脳の1半球だけに試験試料または陰性対照材料のいずれかを埋植し、ラットの場合は半球あたり1か所、ウサギの場合は半球あたり2か所埋植が可能です。
中枢神経系組織の損傷は異常行動を引き起こすため、埋植試料の評価には一般状態の観察結果を加味します。
また、中枢神経系の障害を評価する際に、functional observation battery (FOB) またはmodified Irwin testを用いて評価します。
評価方法は、他の埋植試験と同様に、埋植した組織について肉眼的および組織学的観察を行い、それらの結果から組織傷害性を評価します。
評価にあたり適切な染色手法、傷害に対する生化学的指標などを用いて、神経病理学的評価を行います。